ようこそ、性別不問の由律学園へ

​すばる

――ここは群馬県にある新幹線の駅。

“性別不問の由律学園”と称される学校の最寄り駅。

 あなたは学校見学を予約していて、駅を降りて案内人を探しているところ。

 そこで、金髪のストレートロングヘアでばっちりメイクをした男子制服を着た生徒に話しかけられた。


 

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 やあ、キミが見学希望の人だね?

 私が今日、学校の案内をさせていただく、由律学園学生広報部の御陵真知(みささぎ まち)だよ。よろしく頼む。

 「未来は自由からしか生まれない」。未来志向の由律学園へようこそ。



 

 まず初めに伝えておくが、由律学園は【敬語の強要を禁止】しているんだ。

 これは「自由とまだ見ぬ可能性の前では、教師も生徒も平等である」という校是に則っていて、学園内では相手が先生でも先輩でも年上でも基本的に敬語は使っていないんだ。もちろん普段から誰に対しても丁寧にしゃべる人はその限りではないけどね。

 だから今日の案内もこの喋り方をさせていただくし、キミも私や他の学校関係者にも敬語は不要だ。よろしくね。

 

 そもそも由律学園は高等教育という位置づけにいるけど、単に義務教育が終わったら入れるというだけだ。中学卒業後に入った人もいれば、大学を出てしばらくたってから入学した人もいて、【年齢はかなりバラバラ】だ。いわゆる“日本の高校”像からはかなり逸脱しているね。

 

 これはまた別の「多種多様な価値観を乗算すれば、可能性は無限に広がる」という校是にも則っている。多種多様な人間を招き入れたいのだから、年齢がいくつであろうとも学への門戸は開かれている。

 まあ、まだ開学から浅いこともあって、あまり多国籍の学び舎と言えるほどにはアウトリーチできていないのは今後の課題だけれどもね。

 

 だからキミも自分の年齢だとか、相手が年上だとか目上だとか気にせず気楽にしてほしい。


 

 あ、ちなみに年齢がバラバラということもあって、【制服はあるけど着用義務はない】んだ。大人になってから入学した人にはこの制服は恥ずかしいというのもあるだろうしね。

 

 ついでに【制服には男女別という規定もない】から、このスラックスもスカートも好きに着ていい。キミも入学したら好きにしたらいいよ。





 

 それではさっそく学校のほうに向かおう……と言いたいところだが、この学校は特殊でね。【ここからここまでが学校の敷地と言うべき境界がない】んだ。

 校舎とかグラウンドとか体育館はある程度まとまってあるんだけど、それ以外に細かい建物もいっぱいあってね。まとまってる校舎の方にも校門や柵といったものはないから、町と一体化しているんだ。

 例えばそこにある民家や店舗も、学園が借り上げてる寮だったり、あるいは学生が運営する実習施設だったりする。

 逆に市民も学生向けのお店を利用できるし、なんなら授業に潜り込む人もいる。

 

 学校と街、学生と市民の境界をあえてあいまいにすることで、学生も社会の一員であることを自覚的になれるし、社会へ出ることへの心理的障壁も軽減される。

 市民にとっては由律学園が培っているイノベーションを早く、安く体感できる。

 学校を介して地域も発展させていく、まさに密着型の学校を目指しているんだ。

 

 後で休憩がてらの在学生訪問として、学生が運営してる店を一つ訪ねる予定もあるよ。

 

 見えてきたよ。あれがメイン校舎だ。

 由律学園は創立にあたって、フィンランドの学校教育の影響を大きく受けているんだ。だから校舎も北欧風の素材美と自然の調和を目指したアールデコ調だ。かわいらしいだろう? フフ。





 

 さて、校舎に着いたからには必ず気にしてしまう教室のつくりについてだ。

 

 一目瞭然なのだが、特別な教室を除き、【廊下と教室の間には扉がない】。

 これは授業の公開性を上昇させるとともに、講義時間中の入退場を容易にしている。つまり履修するしないに拠らず、ふと【通りがかりに気になった授業があれば参加していい】んだ。

 創造というものはビビっと来たらすぐに形にすべきだ。気になることがあるなら、遠慮なく飛び込んだ方がいい。

 

 教師側も学生が途中で席を立ってもいいことは織り込み済みだ。つまらない講義をすると人が出て行ってしまうというプレッシャーにもなり、授業の質の向上につながることを期待しているようだよ。



 

 それから気になるポイントと言えば、机がきれいに並んでいないことだろう。

 普通の学校であるような机の配置では、教壇に立つものとそれを聞くものという、教える側と教わる側を明確に役割づけてしまう。

 

 由律学園はそうではない。【教員と学生、それから学生間でもお互いに学びあう関係】で、そこは一方的な関係ではない。

 だから学生は机を自分で移動し、思い思いの場所で授業を聞く。もちろん全教科オンライン受講も可能だ。





 

 ではいよいよ本懐、授業について説明しよう。

 やはり履修制度はこの学校の大きな特色として挙げられるだろう。

 

 由律学園においては、卒業要件に必須となる科目は3割程度だけ取ればいい。それも高等学校程度の卒業資格が必要な人に限っての話だ。卒業だけであれば、全員共通で履修しなければいけない教科というのは一つもない。

 それがなぜかというと、【授業の取り方によって与えられる卒業資格が変わる】からだ。

 

 まず、由律学園では選択授業の幅が日本一広い。

 基本五科目などの普通科高校の必修科目に始まり、工業・商業などの専門高校の領域、さらに福祉・調理・服飾のような専門学校の内容、果ては法や心理学・環境と言った日本では大学に行かないとほぼ学べない領域まで選択できる。

 そしてその結果として、卒業時に取得できる学位が変わるというわけだ。それは普通科高校の卒業かもしれないし、専攻した分野の専門学校の卒業資格かもしれない。入学した時点では誰もが未知さ。

 

 他の学校では専門を選択、あるいは入学時点で他の分野のことは追い求めにくくなる。だけど由律学園なら【学びたいすべてが両立できる】、というわけだね。



 

 ああ、ちなみに高等教育の必修科目となっている基本科目も、全員が同一の内容を受けるわけではない。将来目標や習熟度合によってレベルを選択することができる。

 得意科目だけでなく、【苦手科目は苦手科目なりの学び方ができる】んだ。

 このあたりの落ちこぼれを生まないいうのが、さっきも挙げたフィンランドの教育を参考にしたポイントだね。

 

 それに、この学園は3年で卒業しないことは何ら恥じることはない。人によって学習したい科目のボリュームはそれぞれだし、いくつもの専門分野を極めたいかもしれない。そもそも入学時点での年齢がバラバラなのだから、【何歳で入学して、何年学んで、何歳で卒業するかなんてのも人それぞれ】で然るべきだ。

 だから何か苦手科目ができなくて留年したとしても、他にも4年目5年目の学生もごろごろいるから、なんら気にすることはない。なんならもう1年分いろんなことが学べてラッキー、と思う方が大半だ。

 

 現に私など学びたいことが尽きないばかりに、すでに入学してから5年になる。我ながらまだまだ卒業しそうにないよ。これからも居座る気満々さ。



 

 試験および成績のつけ方についても、ここで触れておく必要があるだろう。

 

 由律学園の授業は二期制で、1年に2回期末シーズンがあり、一部科目では中間試験も実施される。

 ただし、大学入試向けのような学習内容は身についているか、あるいは暗記しているかを求める試験は、入試や資格を目指す人向けの科目にしかない。

 

 由律学園は覚えて、その通りに再現できる人を生み出すための機関ではない。【学んだ内容を自分のものとして咀嚼して、自分の持っている他のものと化学反応させ、新しいものを生み出せる人を育むための学校だ】。




 

 と……少し長くなってしまったな。詰め込みすぎもなんだ、ここで一つ休憩を挟もうか。

 

 お手洗いは大丈夫かい? 向こうの階段の手前にある。行ってくるといい。


 

 

 おかえり。

 初めてだと戸惑ったかもしれないが、うちの学校は【男女の区別がないトイレの方が多い】。小便器も含めて全部が個室になっているんだ。

 これは性別違和を持つ人にとっての配慮はもちろん、誰にとっても使えるトイレを目標としたものだ。広めの個室で段差はないし、中に洗い場もある。

 トイレは生きている限り、必ず全員が使う。だからこそ特定の誰かにとって使いづらいものであってはならない。

 小さなお店などトイレが一か所しかない場合なんかだと、必然的に男女兼用になるだろう? あれがたくさんあるだけだ。

 

 ああ、もちろん男女分けされたトイレも一部にはあるよ。兼用と専用トイレの配分が世間とは逆だね。フフ。





 

 さてと。キミが由律学園に興味を持った理由は「性と社会の在り方の“常識”への疑問」だったね。そして、常識に抗う人に取材がしたい、と。

 それならばこの学園はぴったりだと思うよ。期待していい。

 

 今から会いに行く在学生も、そんな性の在り方の常識をぶち破った人だ。大いに参考になるだろう。



 

 その前段として、アポ相手も利用している当校の特徴的な一つのシステムを紹介しよう。

 由律学園はスタートアップ支援制度というものがあって、【在学中の学生による起業を奨励している】んだ。

 

 学園が学生起業を推奨するのは言わずもがなかな?

 【まだ見ぬ未来を創造するためには、当然まだ存在していないシステムが必要になる】場合もある。

 そしてそれを持続的なものにしていくには、ビジネスという形にするのが一番だ。

 

 もちろん、ただの起業には大きなリスクがある。

 設備投資やら原材料の仕入れで創業資金が何百万円かかるのはザラだし、きちんと従業員に賃金を支払ったうえで黒字を実現する経営計画が必要になる。販路だって確保しなきゃいけない。

 独立を志す人がいても多くは実現に結びつかず、数年で廃業してしまう人が多いのもこのあたりの難しさが肝だ。

 

 その創業リスクを限りなくゼロに近づけるのが、由律学園のスタートアップ支援制度だ。

 

 まず【経営計画策定の補助をサポートを、授業として受けられる】。もちろん卒業要件の単位になる。

 座学の講義ではなく、一人一人の夢実現に向けての総合的なカウンセリングサポートだ。

 これを半年かけて作るのだから、何十万のセミナーを受けた程のレベルの経営計画書が出来上がる。

 

 そしてこの単位のまとめとして、本校のOBを中心とした【投資家を前にプレゼンテーションする機会がある】。

 ここで投資家たちをうならせることができれば、見事創業資金&ビジネスパートナーの獲得だ。

 参加してくれる投資家たちは由律学園の理念に賛同してくれていて、未来への投資に積極的なんだ。実際に850万円の出資金を手にした例もあるよ。あと、どうしても収益性を上げられない事業も、ここでパトロンを獲得できるね。

 中にはこのスタートアップ支援を受けて企業を果たして、順調な操業を続けて今度は投資する側に回ったという人もいる。

 

 もちろん実際に起業してからのサポートもある。

 【由律学園の学生であるうちは学園の敷地の使用量は発生しないし、もちろん学校のパソコン含む設備や蔵書も使える】。ハード面の支出をかなり抑えられるということだね。

 

 ソフト的な話でいえば、【正式な営業許可を出さずに操業できる】のが大きい。いわば学園祭の模擬店みたいな扱いで通年営業できるということだ。

 たとえば飲食店を開業する場合、食品衛生責任者の資格が必要になるが、年齢により講習を受けられない場合がある。こんな時も学園側で管理担当者を設定することで、チェックのついでにサポートを受けつつ、運営は学生だけということが可能になる。

 

 さらには学生イベント的な扱いだから、もちろん賃金支払いの義務はない。もちろん利益が出るなら配分してもいい


 

 このように【由律学園スタートアップ支援制度は、各フェーズのあらゆる面から学生の起業への挑戦を全面的に支援する】。

 計画書策定だけでなく、資格取得や実際の経営も授業の一環だから、都度相談できるし卒業要件単位もになる。

 制度目当てに受験してくる人もいるくらいだ。




 

 さて、制度の紹介が済んだところでちょうど着いたよ。この『twin-crew』という店だ。

 それじゃあ入るよ。

 

「いらっしゃいませー♪ 待ってたよまっちー♪」

「見学の人もいらっしゃい。ようこそ由律学園へ」

 

 やあ、二人とも。

 紹介しよう。『twin-crew』のデザインと接客担当の盛岡夏樹と、調理担当の盛岡冬樹だ。見ての通り、そっくりな双子だよ。由律学園の名物双子と言われている。一卵性なんだよね?

 

「いえーす! わたしが妹の夏樹ね。いつも夏っぽい明るい色でコーデしてるよ♪」

「で、俺が兄の冬樹。こんな格好してるけど男。服装はだいたいいつも夏樹と一緒だけど、色味は冬っぽい白とか青とかにしてる」

「今日もかわいいよお姉ちゃん♪」

「ああ、夏樹のおかげだよ。

 ご覧の通りここは飲食店だけど、美容と健康にいい、そしてもちろん美味しいというコンセプトにしてるんだ」

 

 メニューはこれだね。飲み物一杯ならおごるよ。学園広報部の予算だけどね。

 

「注文決まった? それね。オッケー。じゃ、俺は準備してくる」

 

 よろしく頼むよ。

 今話してもらった通り、兄の冬樹は体も心も男だけど、いつも妹に合わせて制服はスカートをはいて通っている。

 

「お姉ちゃんの写真見る―? ほら、かわいいでしょ☆」

 

 今日も学校はないから制服じゃないけど、双子でおそろいのガーリーな服にかわいらしい調理用のエプロンをしている。

 

「あ、エプロンはわたしが作ったんだよー♪」

 

 服飾系の授業で勉強して作ったんだよね。

 でも冬樹は入学して以来、メンズを着てたことはないんじゃないかな。

 

「ていうか持ってないよ。一日だけ服を借りて着てたけど、ほとんどお姉ちゃんだと気づかれなかったみたい」

 

 そうなんだね。

 

 というように、盛岡冬樹は妹そっくりの小柄で華奢な見た目も相まって、いつも女性的な装いで学園生活を送っている。かと言って性自認にゆらぎがあるわけでも、趣味で女装をしているわけでもない。もちろん、これには理由がある。

 

「お待たせ。ローズヒップとスペアミントのティーソーダ、どうぞ。腸内環境の改善を整えて、肌の調子がよくなるよ。

 で、俺の性別の話でしょ? そこからは俺が話していい?」

 

 ではお願いしよう。自称した分以上に私から言ってしまうとアウティングになってしまう面もあるだろう。



 

「オッケー。俺が男の体を持ち、男という自覚がありながら、趣味でもないのにいつも女物ばっか着てる理由。それは一重にすべて妹の夏樹のためだ」

 

「だってお姉ちゃんってこんなに小さくてかわいいんだよ! それに自分ではファッションのこと、なーんも興味ないんだよ! かわいく着飾らなきゃ才能の持ち腐れだよ!」

 

「俺としては持ち腐れても何でもいいんだけど。まあこの“何でもいい”が本当に“何でもいい”から、夏樹に好きにさせてるんだけど」

 

 それでかわいくなれるんだから、嫉妬したくなる人もいるだろうね。

 ところで、今夏樹は自分そっくりの顔をした人にかわいいと言ったね。自分もかわいいってことかな?

 

「夏樹は間違いなく絶対的にかわいいだろ!!」

「出たー! お姉ちゃんのガチシスコンっぷり!」

 

 このシスコンっぷりももはや名物みたいなものだよね。

 

「まあこんな妹第一な人間だからさ、妹が喜ぶんだったら俺は何でもやってやりたいわけよ。女物着たり女扱いされたりするのも、夏樹のためなら何のそのさ」

「わたしもお姉ちゃん大好きだよ! わたしたち、らぶらぶシスターズなの♪」

 

 御覧の通り、その女扱いの最たる例が夏樹だよね。

 

「まあ元々女装は自分で始めたことだしな。てわけで俺は中学の時から常に夏樹プロデュースで、制服も女子ので通ってたけど、まあ我ながら普通じゃないよな。よく認められたもんだよ」

「中学では認められたって言っても、届け出だったり生徒指導だったりあったもんねー」

 

 制服選択制を謳っているところでも性別違和の診断書の提出を求められたり、あるいは選択できるのは女子だけだったりするよね。

 その点一切自由なのは、性別不問の由律学園さまさまって感じだね。

 

「ああ、【ここだと性別や服装がどうあっても、全然“特別な人”って感じにならない】からなぁ。俺より変な人もいっぱいいるし」

「そもそも制服着てない学生も多いしねー。たまに浴衣着たお相撲さん見るし」



 

 由律学園は男女別体育じゃないのもポイントだね。

 

「あー……中学の時女子の体育に入れられてたのは罪悪感があったわ。まあ女子の中でもできない方だったけど」

「わたしたちみたいに運動ダメな人のために、ストレッチとか軽いランニングだけで単位取れるのはとっても助かったよね……」

 

 そう。学校の体育教育はできない人が完全に可視化されるからね。それで劣等感を覚えて運動嫌いになってしまう人も多い。

 それは本来運動に必要なことではない。健康の維持のために【運動は必要だが、競争せずに自分のペースで体を動かすだけでも十分だ。やりたい人が本気でできる環境があればいい】

 

「無理しても続かないのは運動に限らず、だよな」

「でも続けたおかげで柔軟性はかなり自信が持てるようになったよね♪」

 

 例えばテニスのラリーを打ち合うだけなら男女が混じっていても問題はない。さらにアルティメットというフライングディスクを投げ合うスポーツのように、ルール上男女混合のものも存在する。実はやりようはいくらでもあるんだよね。

 まあそもそも学生の人数が少なくて、あんまり団体競技ができないというのもあるけどね。

 

「あと寮の自室で着替えできるのが助かる。ほとんどみんな寮生だから、自分専用の誰にも見られずに着替えできる場所を確保できるんだよな」

 

 そう。何せここは新幹線しか来ない駅。だから電車通学するよりも、寮を借りた方が格段に安いし便利だ。

 

 【寮には男女の区別もないし、同じ部屋での同棲も禁じられていない】。

 もしそれで色恋にうつつを抜かして不順に陥り、成績を落とすようなら、それはそれまでの人間だということだね。

 

「もちろん一人部屋もあるぞ。俺たちは家族だから一緒ってのもあるけど」

「いつも布団もおんなじだもんねー♪ あ、部屋にお風呂がついてるからそこも安心だよー♪」

「風呂はさすがに一人ずつ入るけどな」

 

 本当に仲睦まじくて、うらやましい限りだね。





 

 どうだい? なかなかに個性的な二人だっただろう?

 『twin-crew』は卒業後もあの場所で続けていくつもりらしいから、入学したらいつでも好きな時にあの双子に会いに行けるよ。

 

 今見てもらったように、この学校では出生時に割り当てられた性別や、自認する性別など気にせずに過ごすことができる。

 二人がキラキラ輝いていたのは伝わったろう? あれも性別に縛られていたら決して生まれなかったものだ。自分らしく生きるからこそ本気で生きられる。そして本気の思いがあれば新しいものを生み出せる。

 【性別という枷を外すことで、個人が本来の力を発揮できるようになり、イノベーションを生み出す原動力になる】から、未来社会を描くためには大事な要素なんだ。



 

 私もこの学校を知る少し前までは性別に疑問を持ったことはなかったのだがね、そういう生き方もあっていいんだ、と感心したものさ。

 

 それから私は自分を顧みることにした。

 気づいていないだけでただ周りから言われるまま、求められるままに性別感を押し付けられて生きてきたのではないか、とね。

 

 考えたがよく分からなかった。

 だからこそ自分から性表現を変えてみた。男らしくしてみたり女らしくしてみたり、あえて曖昧にしてみたり。今日のスタイルもその一環だね。

 

――そうしたら、本当に世界が変わるのが分かった。

 

 男性と見せているか、女性と見せているか、そのどちらでもないようにしているか。それによる人の反応の違いは如実だ。

 ある者は男に甘く、女に厳しい。

 またある者は男に素っ気なく、女だと思えばやたらと下心を出してくる。

 どちらか分からなければ確認してわざわざ確認してくる者もいれば、こちらからの開示により対応を変えてくる者もいる。

 世の中こんなにも性別に囚われていたのかと愕然としたよ。

 

 だからこそ私は私を使い分けることにした。

 会う相手に対し何を求めるかにより、私の“表象の性”は千変万化する。

 

 それはただ相手を喜ばせるためではない。時によっては期待を裏切るために違う面も見せたりする。“相手が何を求めるか”ではなく、“私が相手に何を求めるか”。

 あくまで主体は私だ。私は私のためにしたい表現をする。

 私の中で性別なんてものは、ただ相手によって変えられる、その程度の意味しか持たないものだったんだ。

 

 例えば私が『制服はズボンをはいているけど女です』と言ったとする。 

 ところがこれは“あなた向けの回答”かもしれない。別の人の前では全く逆の装いをして、全く逆のことを宣言するかもしれない。

 

 在学生で日常的に私と触れ合う人でさえも、私の本当の性別は知らないかもしれない。気にもしてないかもしれないけどね。




 

 今言った通り、私は合う相手によって見せ方を変える。制服は男子だが顔は女子として整えるという、あえて曖昧な格好をして現れたのにはもちろん意味がある。

 これは見学者の目的を洗い出す試金石でもあるんだ。

 

 実は単にBL好きだとと男の娘萌えとか、そんな理由で学校を覗きだがる人も結構いる。

 もちろん何を好むかそれ自体は何ら悪くない。が、自分の性癖のために入学したところで、イノベーションは起こせない。学校の益にならなさそう人は入学をお断りさせていただいている。

 

 いかに創作物の性錯誤が好きだとて、現実を生きる当事者たちは売り物や見世物ではない。ファンタジー基準の勝手な理想を押し付けられても困る。不躾な態度を取られれば傷つくし、相手が傷つくかどうかが念頭にない好奇心など、はっきり言って迷惑だ。

 

 “いわゆる常識”から外れる生き方を選んだ人たちは、多かれ少なかれ他の人からは見えない壁に遭遇する。そして苦しみ、もがき生きている。

 そのどうしようもないリアルに目を向けようともせず、おいしいところだけつまみ食いしようとする行為は、卑劣なる性搾取だ。

 性的に消費したれば高い金を払って、それを売りにしている接客業に行けばいい。それで浅い部分だけ受け取るオキャクサマになるなら、まだ救いもある。



 

 その点キミは問題なかった。

 そちらから踏み込んでこようとはしなかったし、私に男であることも女であることも求めなかった。

 先ほどの双子も神秘的に愛らしい器量の持ち主だが、下心で嘗め回すのではなく、しっかり話に耳を傾けてくれていたからな。

 「性と社会の在り方の“常識”への疑問」という、興味を持った理由は嘘ではなかった。

 

 もう気付いているかもしれないが、この見学の態度によって私から学園へAO入試の推薦状が出せるかどうかが決まる。これは【現役生からの推薦という、入学選抜への大事な一手】でもあったのだよ。

 

 すでにご存じかもしれないが、【由律学園への入学試験には学力が求められない】。一般入試も「由律学園で何を学び、何を為したいか」という動機をWEBで提出してもらい、選考を通過した人には面接でそれを深掘りしていくだけだ。成績表も合格が決まってから送ってもらうだけだ。

 

 いわばこの見学が0次選考のようなものだね。実は人によってはその場で合格を保証されることもある。見学態度によってはWEBに記載された動機が虚飾かどうかもわかる。もちろんそうなればアウトだ。

 

 この時点で一旦おめでとうと言っておこう。



 

 せっかくだ。キミへの推薦状を補強することにしよう。

 

 キミならご存じかもしれないが、ヒトを男女間で線引きをしようと試みても、非常に困難を極める。

 それは一般的に容易に思われている生物学的なカテゴライズにおいても同様だ。外性器の形状においても性染色体においても、便宜的な区分けでしかない。

 社会的な側面は言わずもがなだ。古今東西で共通するような、誰もが納得できる判断基準は存在しない。

 

 それに人は多かれ少なかれ、社会が想像する“男性像”“女性像”からは外れる部分があるだろう。これについては改めて語るまでもないだろう。

 

 つまりは誰もが「性と社会の在り方の“常識”」の壁にぶつかる当事者であるとも言える。

 

 だがこれを個人の事ではなく、社会課題だと認識できる人は極めて少ない。

 ここに気づいた時点でキミは見どころがある。

 

 そこからさらに、あえて“常識”を壊しまくった環境に身を置きたいというのは素晴らしい。

 きっと由律学園での生活が始まったら、私や盛岡の双子以上の尖鋭に出会うだろう。



 

 ――巨乳好きが高じて、太った男性にも性的な興味を抱くようになった男、だとか。

 

 ――何でもできすぎて人生に楽しみを感じられなかった男が、いつも楽しそうなギャルを模倣してギャルになった、だとか。

 

 ――男・女・性の狭間の幼馴染3人カップル、だとか。



 

 これは単にたとえ話ではあるが、どうだい? 今キミは胸が躍っているだろう?

 キミは“いわゆる常識”から逸脱しているほどに、強い関心を抱く。つまりは、性の迷宮に迷い込みたいのさ。 

 

 その反応ならうまくやっていけるだろう。AOも問題ないだろう。

 一足早く歓迎しよう。

 

   ――ようこそ、性別不問の由律学園へ



 

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途中で出てきた双子はnoteにて公開中の拙作

『@妹 俺はお姉ちゃんじゃない』の主人公たちです。

気になった方はそちらもよろしくお願いいたします。

双子の設定についてあれ?と思った方、答えはこちらにあります。