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スティックシュガーをはんぶんこ

​桔乃一三千

学校という一時の生活習慣。

むせ返るような汗と、体育館の匂いの中を、硬く重いボールが弾む。

その中で、静かにカメラを構える少年が一人。

 

たった一名だけにむけられる、ファインダー越しの熱視線。

 

その熱に応じるように、ふわりと少年が微笑んだ。

 

(――こんな恋愛したいっ!)

 

田中保(たなかたもつ)はデスクに突っ伏した。

がんっと派手な音が鳴り響く。

隣の席からどころか四方八方から感じる視線を物ともせず、田中は身悶えている。

 

突如がばっと起き上がった田中に、右隣の席にいる沢口が「大丈夫、ですか――?」と引き気味に声をかける。

田中は「まったく大丈夫です!」と勇ましく答えた。

先程の衝撃なのか、音声ボリュームを調整する機能が壊れてしまっていたようで、フロア一体に響き渡るほど大きな声となって口から飛び出した。

 

時は令和の平日、休憩時間。

場所、オフィスの自席。

十二時に社員全員が一斉に取得することを義務付けられている昼休憩の時刻、オフィスに人はまばらだ。

お弁当持参の一部従業員が集まって食事を取っていたり、昼食を持参できない都合のある人々はさっさと外食にでかけてしまっていたり。

前者はいわゆる女性ジェンダーに多く、後者は男性ジェンダーに多い。

それが個々人の性質や人格によるものではなく、社会的に植え付けられた固定観念によるものだと、気づいている人はごく僅かなのが現状だ。

 

ちなみに田中は第三者から見た性別も、自認する性別も男性だが、弁当は作る。

外食は嫌いだし、自炊したほうが安上がりなうえ、健康維持にも最適だ。

三十代を超えた以上、若さゆえに許されていた暴飲暴食は言語道断とも言える年齢に差し掛かった。

 

本日のメニューは小さめに握ったおにぎりを二つと、ひじき入り豆腐ハンバーグ、と温野菜サラダ、ミネストローネ。

お手製の弁当を行儀よく食べ終えてから、田中は憩いの時間を過ごしていた。

 

田中にとっての癒し。

それは、BL漫画を読むことだ。

 

最近はコミックスの電子化が進んでいることもあり、スマートフォンさえあれば、時と場所を選ばずに楽しむことができる。

おまけに、誰かに何を読んでいるのか詮索されることもない。

便利な世の中になったことを嬉しく思いながら、田中は深い溜め息と共に端末へと視線を戻した。

 

幼なじみのカメラ好き少年とバスケットボール部の少年が、互いの気持ちを知り、戸惑いながらも改めて距離を縮めていくその作品は、非常に田中好みだった。

 

田中とBL漫画の付き合いは、実はそれほど長くない。

母親が重度のオタクで、ありとあらゆる漫画を集めており、幼少期はクラスメートたちに漫画図書館扱いされていたのもいい思い出だったが、中学生までは田中を目覚めさせるような出来事はなかった。

 

田中がBL漫画を嗜むようになったのは、高校生のある日。

 

プールの授業でクラスメイトの半裸を見た田中は、己がゲイであることに気づいてしまった。

それまでは意識したこともなかったのに。彼らの厚みのある胸板や、逆三角形の体型、そしてきゅっと上を向いた尻に、目眩がした。

同時に、今まで誰に何を進められても、アダルト向け雑誌やビデオに何ら興奮しなかった理由がわかった。

 

ただし、田中は女性になりたいわけじゃない。

繰り返しになるが、田中は男性ジェンダーだ。

ただ、当時は自分がトランス女性であるのか、男性ジェンダーとして男性が好きなのか、判別をつけるのは難しかった。

そこで頼ったのが、母の蔵書である。

 

おすすめの、同性愛ものある? できれば男同士の――。

 

多くは語らなかったが、母は大体のことを察したらしい。

ライト系と呼ばれるものからテーマの重いものまで、幅広くBL漫画をピックアップしてくれた。

 

田中は複数冊あったそれらを一夜で読破し、そして一つの結論にたどり着いた。

 

自分は、男性同性愛者だ、と。

 

母に本を返却しながらそう告げると、田中を生んだ女性は「そうかそうか」と笑って頭をなでてくれた。

逆境が多いことはわかっていたから、母の優しさだけで、田中は救われた思いがしたのを覚えている。

ちなみに、父親は田中が幼い頃に他界しているため、わざわざカミングアウトする必要はなかった。

頭の固い人物だったと聞いているから、もしかしたら勘当されていたかもしれない。

 

大人になった田中は、素敵な恋人を求めて、ゲイ社会の門戸を叩いた。

現実は、BL漫画とはずいぶんかけ離れたものだった。

 

まず、ゲイが恋人を見つける際、まず参考にするのは身体だ。

インターネット上に顔をだすのはリスクがあるが、上半身の肉体美を見せる分には不自然ではないため、ゲイが運用するSNSアカウントの多くは鍛え上げられた肉体を晒すことに腐心している。

そしてその肉体に性的に惹かれる人がアポイントメントを取り、肉体関係を持つ日時がスケジューリングされる。

その後、セックスの相性が良く、また見た目や性格などに好ましい点があれば、お付き合いに発展する可能性もなくはない。

 

この構造が、田中を大いに苦しめた。

 

田中はセックスがしたいわけじゃない。

恋がしたいのだ。

性欲がないわけではないが、肉体関係ありきの恋愛スタイルは、田中の志向には合わなかった。

ましてや、田中は中肉中背の平々凡々な中年である。

写真だけで誰かを魅了するだけの肉体美は持った試しがない。

腹部が出っ張らないように日々気をつけているが、それは健康のためであって美貌のためではないのだ。

 

BL漫画の登場人物たちは、肉体関係を伴わずに恋をし、恋をしたがゆえに肉体関係を持つ傾向が多い。

身体の関係がなくてもお互いに惹かれ、優しさや賢さを称え、そうして友から恋人になっていく。

そんな恋愛を、田中もしてみたかったし、大人になってゲイのコミュニティに属すれば、可能なのだと信じていた。

しかし現実は甘くはなかった。

 

漫画アプリを閉じて、弁当箱を片付けると、田中は立ち上がり、事務所の入り口付近にあるコーヒーサーバーへと向かった。

紙コップにコーヒーとミルク、そしてスティックシュガーを半分だけ入れる。

六グラム入っている白砂糖は、微糖を好む田中には多すぎる。

かと言って、捨てるのももったいない。

どうしたものか迷っていると、「こんにちは」と声をかけられた。

 

「あ、風見くん、こんにちは」

 

風見優(かざみすぐる)は営業部のエースだ。

年齢層の高い弊社ではかなりの若手なのだが、童顔を気にしているらしく、常にオールバックに少し前髪が垂れている髪型をしている。

それがなんだか様になっているため、一部女性社員の間では風見王子、などと呼ばれていたりもするそうだ。

確かに甘めのマスクにクールな表情は、そのギャップも含め、他者に好かれそうではある。

 

――否、実を言うと、田中もまた、彼に惹かれている一人だ。

田中は、風見に惚れている。

 

売上を立てることができない管理部門の田中は、営業部の人間にはあまりよく思われていないことも多いのだが、この青年は別け隔てなく話しかけてくれる。

その優しさもまた、彼の人気を裏付ける要因の一つだ。

 

「ちょうどよかった。スティックシュガー、要る?」

「頂きます。いつも助かります」

「こちらこそ、いつもタイミングよく来てくれて助かるよ。捨てるのもったいないもんね」

 

紙コップにコーヒーとスティックシュガーを入れて、マドラーで混ぜて手渡すと、風見は「ありがとうございます」と受け取った。

 

「風見くんは今日は営業周りはしないの?」

「ええ、今日は溜め込んでいた報告書をやっつける日です」

「風見くんでも溜め込むことってあるんだねえ」

「仕事は寂しがり屋、ってよく言うでしょう? 忙しい人のところにやってくるんですよ」

「それ、僕が暇してるみたいに聞こえるけど」

「月次処理のタイミングじゃないし、少し余裕ありそうかなと思っただけです」

 

気に触ったならすみません。

 

素直に頭を下げる風見に、田中は首を振った。

 

「いいんだ、本当のことだよ。小さな会社だと忙しいけど、ここくらいの規模になると、管理部門は月末月初以外は意外と暇なんだよね」

「組織体制がしっかりしているからでしょうね。かと言って古めかしい習慣があるわけでもないので、ここは居心地がいいです」

「風見くんは中途採用だっけ?」

「はい。新卒で入った会社は年功序列制がひどくて、歯がゆい思いをしました」

 

ふと気になって、田中は「風見くんていくつなの?」と聞いてみた。

 

「次の誕生日で二十七になります」

「若ッ?!」

 

おののく田中に、きょとんとした表情で風見は小首をかしげる。

普段はかっこいい彼だが、この仕草はかわいらしい。

 

「田中さんだって、大して違わないと思ってましたけど」

「んー、僕もまああんまり老け顔ではないからね。でも三十三歳だから、同じくらいではないよ」

「そんなの、誤差みたいなもんですよ」

「意外と大雑把だね?!」

 

風見がくすりと笑ったので、田中も自然と笑顔になる。

 

(そう、そうなんだ)

 

こういう人と――風見と――少しずつ打ち解けていくような恋がしたいのだ。

 

温かい空気感を打ち破るように、時計のベルがなる。

休憩時間終了の合図だ。

田中は残念に思いながら、「またね、風見くん」と手を振った。

風見も軽く会釈して、自分の席へと戻っていた。

 

オフィスチェアに腰をおろしながら、田中は現実の残酷さにため息をついた。

 

男性同性愛者が自然に恋に落ちることの難しさが、田中の心をささくれ立たせる。

この世はシステムはシスジェンダー兼ヘテロセクシュアル向けに作られている。

優しい言い方をしたが、実際はシスジェンダー兼ヘテロセクシュアル以外を排除することで成り立っている。

だから男性同性愛者も、女性同性愛者も、トランスジェンダーも、胸を張って生きることができない。

自らのセクシュアリティを名乗り出たが最後、無意識の差別を一身に浴びて、身も心もボロボロになってしまうことが目に見えているのだ。

 

その結果として、ゲイ同士のマッチングは身体ありきになったのだと、田中はそう思っている。

 

隣人が気軽にゲイであるとカミングアウトできたなら、そしてそれを他人が当たり前のこととして受け止められたなら、彼らは身体から出会いを求めるなんて形を取らなくても良かったのではないかと、田中には思えてならない。

最も、性欲と恋愛を区別して考える田中のような人間がゲイには少数派で、大多数のゲイが性欲ありきの恋愛でもまったく困らないのだとしたら余計なお世話なのかもしれないが。

 

それでも、田中はゲイだ。

たとえ少数派の中の少数派だとしても、その事実に変わりはない。

ゲイとして、男と恋をしたかった。

その夢は、田中が生きている間に叶うかどうかわからない。

 

くしゃくしゃと頭をかき回した田中は、両手でぱんっと顔を叩いた。

 

隣の席の社員が控えめに「――大丈夫ですか?」と声をかけてくるが、田中は「もちろん!」と元気よく答えた。

 

「元気だな、田中」

 

突如聞こえた声に驚いて身をすくめると、田中のすぐとなりに管理部長が立っていた。

 

「堤部長、どうされたんですか?」

 

田中が長身の部長を見上げると、首が痛くなる。

座っているからなおさらだ。

 

「うん、最近営業が大口の案件を取って来るだろう? 社長が喜んでしまってね。ぜひ決起会を開催しようと言うんだ。幹事を誰にお願いしようか迷ってるんだけど、田中くんはどうかね?」

 

「僕は――無理ですよ、社交性皆無ですから」

「そう言うと思った。沢口さんはどう?」

 

肩を落とした堤は、田中の右隣に座っているオフィスカジュアルスタイルの従業員を名指しした。

何人か運営係を用意することを条件に、沢口は軽々と応じていた。


 

 ◇ ◇ ◇

 

経理担当として避けるわけにはいかなかった決起会当日。

といっても、決起会とは名ばかりで、最初に社長が皆の功績を称えたばかりで、あとは普通の大人数の飲み会だ。

広い座敷席に通された社員たちは、まさに無礼講とばかりに飲んでいる。

 

最初は部署の垣根を超えた交流を目指して、所属とバラバラの席順が定まっていたのだが、結局顔なじみのある人間のところに人は集ってしまうらしい。

 

特に田中は移動しなかったのだが、いつの間にか隣に沢口がすっぽり収まっていた。

 

なお、田中の背後のテーブルには営業陣が固まっているようだった。

他ならぬ風見の声も聞こえる。

先輩たちにもみくちゃにされながら、風見は質問攻めにあっていた。

 

何を話しているのか、ぬるくなったビールを片手に耳をそばだてる。

 

「おい風見、いつになったら進展するんだよ」

「今外堀を埋めているところなので」

 

(外堀?)

 

仕事の案件だろうか。

たくさんの案件を受け持っている彼のことだから、駆け引きが必要な場面もあるのかもしれない。

 

営業部のベテランたちは、声を上げて笑った。

 

「その外堀、いつ埋まるの?」

「いつでしょうねえ」

「いっそ埋まりすぎて壁になるぞ」

「かもしれませんねえ」

 

下品な笑い声の中でも、風見の声は淑やかでいて、茶目っ気があるのが印象深い。

クールに見られやすい彼だが、ユーモアのセンスもあるのかもしれない。

 

心の中でメモを取っていると、営業部長のだみ声が大きく響いた。

 

「そんなペースだと、誰かに取られちまうぞ」

「ご鞭撻ご尤もですが、そもそもあの人は物ではないので、取った取られたという扱いはいかがなものかと」

 

(人……?)

 

クライエントに気難しい人物でもいるのだろうか。

ぬるくなったビールをちびちび飲みながら、聞き耳を立てる。

脂っこいからあげは、一口で食欲を失った。

酒の肴は風見の情報だけである。

 

大物になるよ、おまえは。

 

営業部長の呆れたような物言いに続いて、風見の同期が口を挟む。

 

「営業案件はすぱすぱ決めてくるくせに、意外と恋愛には臆病なのか?」

 

(恋愛……?)

 

田中は耳を疑った。

じっくり野菜と一緒に咀嚼した言葉を飲み込み、漸く気づいた。

彼らは仕事の話ではなく、色恋の話をしていたのだ。

つまり、風見には――、

 

(好きな人が、いる?)

 

「入社した時から狙ってるって言ってたのに、もう二年だぜ?」

「仕事じゃないから、時間をかけて育みたいんですよ」

 

さっと血の気が引いた。

まるで肯定するかのような風見の声以降、何も耳に入らない。

誰かが声をかけてくれているような気がするけど、認識できる音にはならなかった。

 

もう、何も聞きたくない。

 

田中は汗をかいたジョッキを掴み、中身を一気に煽った。

そして、隣にいた沢口に「おかわり」と、空になったジョッキを手渡した。

 ◇ ◇ ◇

目を開くと、世界はほんのり暗かった。

見慣れない天井に、照明器具。

 

これは、きっと夢だ。

 

ゆっくりと起き上がり、ふかふかと柔らかいマットレスをきしませて、裸足でフローリングの上を歩く。

 

扉を開くと、そこはダイニングのようだった。

 

窓が開いているらしく、肌寒い風が、カーテンをたなびかせている。かんかんっと軽い金属音が鳴っているが、それはベランダの柵に括り付けられた缶詰のせいらしい。

口は空いていて、中身は空だ。

 

窓から差し込む光に導かれるように、ソファを見ると、そこには人が横たわっていた。

 

ここは、この人の部屋なのだろうか。

 

ぼんやりとした頭で顔を覗き込む。

風見だ。

 

(風見くんには好きな人がいるー)

(外堀を埋めている――)

(もう、二年も――)

 

生白い首。

血色の薄い顔。

Tシャツに、スエット。

前髪がいつもより多くて、幼い顔立ちが、人形のように見える。

 

(生きてるのかな)

 

もしかしたらこれは本当に人形なのかもしれない。

あるいは、遺体なのかも。

 

でも、いずれであっても大丈夫だ。

だってこれは、夢なのだから。

 

青白い光に染まって白白と輝くTシャツに、ぴっとりと耳を貼り付ける。

とくん、とくんと音がして、生きていることがわかる。

 

鼓動すら沈着な彼を、高鳴らせる誰かに思い馳せる。

それは、女の人だろうか。

それとも男の人だろうか。

万が一後者なら、少しは自分にも、チャンスはあったはずなのにな。

 

風見の大きな手に、自分の手を重ねる。

暖かくて、骨ばった手。

 

風見の動悸に導かれるように、田中の意識は遠のいていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

目を開いたとき、田中は見知らぬ部屋にいた。

夢と寸分たがわぬ家具配置だ。

田中は慌てて掛け布団を剥ぐ。

 

明らかにサイズの合ってないうえ、見覚えのないスエットをしっかり着込んでいる。

 

(もし、夢じゃないなら――)

 

ごくんと喉を鳴らして、ベッドから降りる。

忍び足で扉に近寄り、ゆっくりと開く。

すると、香ばしい二種類の香りが鼻腔をくすぐった。

 

ひとつは、馴染みのあるコーヒーの匂い。

もうひとつは、小麦粉の焼けているような薫香だ。

 

そっと中に首を突っ込んで、ダイニングを見渡すと、大きなテーブルに風見がいた。

 

くしゃくしゃの前髪に、重そうなまぶたを見る限り、どうやら眠れていないようだ。

そしてそれは、間違いなく田中のせいである。

田中は勢いよく扉を開き、風見が目を見開く前に、床に勢いよく土下座した。

これを、人はスライディング土下座という。

 

「たいっへん申し訳ございませんでした!」

「朝から元気ですね、田中さん」

 

抑揚の薄い声色。

怒っていたって不思議ではない。

なんせ、住人のベッドを占拠して眠っていたのだから。

 

ちらりと見上げると、風見はふあっとあくびをひとつ。

あどけないその仕草に釘付けになっている田中を一瞥すると、向かいの席を手で示す。

座れ、ということだろう。

指示通り椅子を引いてちょこんと腰を下ろす。

風見はやはり眠そうに目を瞑ると、硬い木製の椅子に深く身を沈めた。

 

「昨日のことは覚えてますか?」

「昨日のこと――」

 

記憶によれば、風見に意中の人がいると知った時点から、田中はやけ酒に走った。

ビール、梅酒ロック、ハイボールに日本酒と、手当たり次第の酒を鯨飲した記憶がある。

最後に飲んだのはレモンサワーだったような気がするが、もしかしたらシークワーサーサワーだったかもしれない。

そして、視界がぐるぐると回っているのを機嫌よく笑ったところで、田中の回想は終了。

 

「いろいろちゃんぽんして、意識を失ったところまでは、なんとか」

「今のご気分は」

「色んな意味で頭が痛いです」

「二日酔いですね。とりあえずお水と、頭痛薬は飲んでください」

 

風見が立ち上がりコップに水を汲むのを見ながら、田中はいたたまれなさでいっぱいだった。

と、同時に、どきどきも止まらない。

だって、ここは風見が私生活を営む場所なのだ。

彼の性格と、生活感がにじみ出る一室にいて、落ち着いていられるわけがない。

 

「粉薬は飲めますか?」

「だ、大丈夫」

「では、こちらどうぞ」

 

差し出されたパウチとグラスにお礼を言って、苦い薬を飲み込む。

水の冷たさが喉と、田中の浮足立った頭をクールダウンさせてくれる。

 

「吐き気はありませんか? いつもの癖でコーヒーを入れてしまったのですが、もし匂いに当てられてしまいそうなら――」

「ううん、大丈夫そう」

「ならよかったです」

 

ふにゃりと微笑む風見に、不覚にもきゅんとした。

田中は慌てて頭を振る。

ときめいている場合ではないのだ。

 

「僕がベッド占領してたばっかりに、ソファで寝てくれたんだよね……寝苦しかったよね、本当にごめんなさい」

「いえいえ、いいんですよ。客人をソファに寝かせるのも申し訳ないですしね」

「客といっても、招かれざる客だったわけだし」

「何をおっしゃいますか、田中さんならいつでも歓迎しますよ」

 

何気ない一言が嬉しくて、つい浮足立ちそうな自分を叱責する。

調子に乗るとろくなことがない。

 

「うう、でも――でも、風邪とか引いてないか心配で」

「安心してください。こう見えて結構丈夫ですから。それに田中さんがお風邪を召されるよりは遥かにましです」

「またそうやって嬉しいことばっかり言う――」

「本心ですよ」

 

くすくすと微笑んで、風見が立ち上がる。

 

「コーヒー、いかがですか? 食べられそうなら朝食も。といっても、バタートーストくらいしか用意できませんけど」

「――頂きます」

 

すると、タイミングよくオーブントースターがちんと音を立てる。

琥珀色の液体が二つのマグに注がれ、トーストは白い皿に乗せて運ばれてきた。

少し厚みのある食パンは、四枚切りだろうか。

普段は六枚切を愛好する田中だが、バターの蕩けている焼色のついたトーストは十二分においしそうだった。

 

「いただきます」

 

田中が両手を合わせて、トーストを齧る。

バターの塩味と、外はさくさく、なかはもちもちとした食パンの噛みごたえがたまらない。

昨夜ろくに食事をしなかったことを思い出したのか、身体がトーストを求めて疼く。

しかし、しっかり咀嚼をして、ゆっくりと飲み込んだ。

それでも、あっという間にトーストは胃袋に収まってしまったが。

 

「お腹すいてたんですね」

「そうだったみたい。あ、お砂糖とミルクある?」

「そっか、田中さん微糖派か――すみません、うっかりしてました」

 

風見は後頭部をかいて、「牛乳ならあるんですけど、うち、砂糖置いてないんですよ」と申し訳なさそうに冷蔵庫へと向かった。

ダイニングテーブルから冷蔵庫を覗き込むと、大きさの割に中はほとんど空白だった。

あまり自炊はしないタイプなのだろう。

調理用の砂糖も期待しない方がよさそうだ。

 

牛乳パックを運んできた風見に礼を言って、コーヒーをカフェオレにする。

甘くはないけれど、牛乳をたっぷり入れたコーヒーは飲める。

 

「そういえば、田中さんて、いつもあんなふうに飲むんですか?」

「コーヒー?」

「お酒ですよ。調子に乗ってる大学生みたいな飲み方だったじゃないですか」

「うう、面目ない――味が苦手であまり量飲んだことなかったんだけど、ちょっとだけ、嫌なことがあって」

「愚痴なら聞きますよ」

「ふふ、ありがとう。本当にたいしたことじゃないから、大丈夫」

 

風見を安心させようと微笑む田中をよそに、風見は少しだけつまらなそうな顔でベランダを見た。

その視線を追いかけると、空いた缶詰の容器いっぱいに、タバコの吸い殻が詰まっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

それから二週間。

 

風見は大口案件を抱えているらしく、二人の交流の時間は極端に減った。

時々社内で見かけると、風見は相変わらず王子様然としていて、体調を崩した様子はまったく見受けられない。

それに、いつもせわしなく、コーヒーを飲む暇すらなさそうだ。

 

余らせていたスティックシュガーの本数を数えながら、田中ははっきりと失恋を噛み締めた。

たったそれだけの接点だったのだ。

 

そんな彼と恋をしたいと願っていたのは、田中の思い上がりだったのだろう。

わかりやすく消沈する昼休み。

田中の肩を、誰かが勢いよく叩く。

痛みに振り返ると、沢口がいた。

 

「失恋ですか?」

「――えぐらないでよ、傷口を」

「え、ガチ?」

 

沢口は訝しげに眉をひそめて、自分の席に腰を下ろす。

 

「愚痴くらい聞きますよ?」

「――片思いしてた人に好きな子が居たらしくて」

「田中さん、好きな人いたんですか?!」

 

フロアに響き渡るような大声だった。

慌てて沢口の口を塞ぎにかかるが、彼女はひらりと躱して「誰? 誰??」と田中に詰め寄ってきた。

 

「え――何その食いつき――」

「田中さんの好き人には興味ないけど、興味あるんです!」

「言ってる意味がわからないよ!」

「私のことはお気になさらず! さあ、相手は誰なんですか?! さあさあさあ!!!」

「怖い怖い怖い」

 

沢口の剣幕に驚きながら、田中はなんとかこの場を逃れる方法を考える。

 

「――沢口さんの知らない人だよ」

「ほう、そうきましたか――残念ですけど嘘は通用しませんから」

「なんで断言するの?!」

「田中さん、休みの日に家で作り置き料理作ってますよね。土日返上で。そんな人がいつ社外に好きな人作るんですか!」

「お――お客さんとか、よく行く飲食店とかあるじゃん!」

「経理部の人間がいつ顧客と関わるんですか? あとあなた外食嫌いですよね?」

 

けんもほろろだ。

このままだと好きな女性を捏造しなければならなくなってしまう。

しかし、田中は嘘が得意じゃない。

架空の好きな人をでっち上げるくらいなら、いっそ――。

――沢口になら、白状してもいいのではないだろうか。

 

「――絶対誰にも言わないって、約束できる?」

「時と場合によります」

「正直だよね、沢口さんて――まあいいや、耳貸して」

 

手で輪っかを作り耳を包み込んだ沢口が、田中の口元に寄ってくる。

田中は覚悟を決めた。

そして小さな声で、彼の名をつぶやいた。

 

沢口はあんぐりと口を開いて、田中を見つめる。

 

「――引いたよね」

「いや、ちょ、ガチ?」

「ガチのガチ。だから、誰にも言わないでね」

 

ぱくぱくと口を動かした沢口は、勢いよく頭を振り、頬に手を当てて動転し始めた。

打ち明けるのは、早計だったかもしれない。

後悔し始めた田中の手を、沢口ががっしりとつかんだ。

 

「田中さん」

「う、うん?」

「告白しましょう!」

「――ええっ?!」

 

今度は田中が挙動不審になる番だ。

沢口は何を言っているのだろう。

 

「だから言ったじゃないか、その人には好きな人がいるって――」

「それは勘違い――じゃないけど! 勘違いです!」

「なんだよそれ」

 

沢口の意図が汲めない言葉に困惑する田中をよそに、沢口は「善は急げですよ! 今日しましょう!」と分けの分からないことを宣い始めた。

 

「いい加減にしてよ、怒るよ? ただでさえ傷心なのに、これ以上打ちのめされろっていうの?」

「だから、違うんですって! あの人に好きな人がいるのは間違いないんですけど――」

「はあ、どんな子なんだろう。フェミニン系かな、ボーイッシュかな、愛嬌があるタイプなのかかっこいいタイプなのか――」

「家庭的な激鈍ど天然タイプですかね」

「何それ。ていうか沢口さん、あの人の好きな人知ってるの?!」

「教えてあげませんけどね」

「なんでよ?! もう、相手してらんない、コーヒー淹れてくる!」

 

田中は立ち上がりコーヒーサーバーへと向かう。

まさに中身は空っぽで、豆から用意しなければならない有様だった。

仕方なしに戸棚を開けてコーヒー豆を取り出して、紙フィルターをセットし、コーヒーメーカーが淹れられる最大量の豆を軽量スプーンで図りながら入れる。

 

すると、すぐ近くの出入り口が開いた。

連れ立ってやってきたのは、噂の風見と、営業事務をしている若手社員、佐々木だった。

 

「あ、田中さん、なんだかお久しぶりですね」

「はは、そうだね」

 

風見が愛想よく田中に微笑みかけるのを、佐々木は明らかにムッとした表情でみつめていた。

風見の気持ちはわからないけれど、少なくとも佐々木から風見に向けられた思いはほんの一瞬の中にも察することができた。

 

(もしかして、風見くんも――佐々木さんのこと好きなのかな)

 

視線を泳がせる田中に見せつけるように、佐々木は風見の腕をつかんだ。

 

「ランチデート、楽しかったです」

「よかったです。仕事の話しかしませんでしたけどね」

「連れないですねえ、風見さんは――誰かさんのせいで」

 

あからさまに田中を睨めつけてくる佐々木は、自分になにか恨みでもあるのだろうか?

心当たりがまるでない田中は、ただただ辟易するばかりである。

 

「じゃ、風見さん、合コンの件、よろしくおねがいしますね」

 

佐々木はそう言って、更に田中を一瞥して去っていたが、今度の視線は気にならなかった。

否、気にしている場合ではなかった。

 

(合コン――)

 

風見が。

佐々木と。

あるいは、佐々木が連れてきた女性たちと。

 

脳の広範囲に鋭く、早く、そしてとてつもない痛みが走り抜けていく。

 

(嫌だ)

 

その一人ひとりに、自分にするのと寸分違わず紳士的に振る舞う風見を思い浮かべ、田中は狼狽する。

 

(嫌だ、嫌だ嫌だ――!)

 

「――給湯室に、水くみにいくから」

 

早口でまくし立ててその場から逃げる。

社員証を認証端末にかざして扉を開くと、休憩から戻ったばかりの人々で廊下はごった返していた。

その波をすり抜けるようにして逆流し、人の群れから抜けた頃、ぱしりと腕を掴まれた。

 

田中の浅い呼吸音だけが響く。

 

「そっち、給湯室じゃありませんよね」

 

ごくりと喉を鳴らす。

優しさの中に僅かな怒気をにじませた、それでいて、どこか悲しそうな声色だ。

会議室の並ぶ通路に、逃げ場はない。

 

「田中さん、どうして泣いているんですか?」

 

(泣いて――?)

 

正面を見て、田中は初めて気がついた。

通路の行き止まりは、ビルの窓ガラス。

そこに映る自分は、なさけないほど顔を歪めて、みっともなく涙と鼻水を流していた。

そんな自分の後ろには、困ったように眦を下げた風見がいる。

 

何が彼を困らせているのかは、考えるまでもない。

いい年をして、失恋程度で号泣する自分だ。

田中自身が、風見を困らせている。

 

嗚咽を零す田中を振り向かせて、風見は「では、うなずくだけで結構です」と言った。

 

「――僕が女性とデートをするのは嫌ですか?」

田中は頷く。

 

「僕が合コンに行くのも?」

 

こくり、と頭を縦に動かした。

 

「それは――僕のことが好きだからでしょうか?」

 

たっぷり十秒かけて、田中は大粒の涙を零し、それでも顎を下に引いた。

 

もう、勘弁してほしかった。

罵詈雑言も、誹謗中傷も、構わない。

ハラスメントもアウティングも、最悪事実上の解雇になってもいとわない。

 

ただ、平素の淡々としていて、それでいて茶目っ気に溢れた、気品のある王子様のような風見に、こんなに悲しい目をさせているのが自分であることが耐えられなかった。

 

「ごめ、ごめんね――僕――」

 

しゃくりあげながら謝罪を繰り返す田中に、風見は粛々と問う。

 

「それは、何に対する謝罪ですか」

「――君を、好きになってごめんなさい――ッ」

 

懸命に絞り出した言葉は田中の全身を貫いた。

 

最初から、好きになってはいけなかったのだ。

この人と恋がしたいだなんて、本気で考えては居ないはずだったのに。

だって、この世は大抵の人間がシスジェンダー・ヘテロセクシュアルで、ゲイに出会ったとしても身体から入ることがほとんど。

ゲイを自認し、肉体よりも恋愛感情を優位とする田中が、レア中のレアなのだ。

 

だから叶うことがないのは、初めからわかっていたのに。

わかっていたはずだったのに。

 

繰り返し頬に雫を滴らせる田中に、風見は小さくため息をついた。

ぎくりと肩をこわばらせる。

風見は、「そうですね、僕ちょっとだけ怒ってます」と両腕を組むと、全面ガラスの窓によりかかった。

 

「田中さん、いつから僕のこと好きなんですか?」

「――わかんないよ、気づいたら夢中で――君のことばかり考えて――」

「気づいたとき、どうして教えてくれなかったんです?」

「だって――セクシャリティもわからないのに、告白なんて――」

 

風見は目を瞬かせて、数秒後、大声で――笑った。

 

こんな大笑いしている風見なんて見たことがない。

意表を突かれて涙を止めた田中に、風見は涙を拭いながら言った。

 

「僕がゲイだって知らないの、この会社では田中さんだけですよ」

「――え?」

 

引き続き笑いをこらえながら風見の言うことを要約すると、こうだ。

 

まず、風見は入社時、全社員の前で挨拶をさせられているのだが、その際大胆にもゲイであることをカミングアウトしていたらしい。

本人曰く、風見は学生時代から女性にかなりモテていたそうで、転職をきっかけにセクシュアリティを公にして生きる決意をしたのだそうだ。

その入社時挨拶に居合わせなかった社員たちにも、自らランチに誘うことで積極的に知らしめていったそうである。

もちろん、男女問わず。

最初こそ扱いに困られた気配を感じたが、それも一瞬のことで、風見の人間性と、本当に女性と関係を持てないという事実が知れ渡るに連れて、女性社員からのアプローチも減りかなり充実した日々を送っていたらしい。

 

なお、営業事務の佐々木は入社してから日が浅く、まだ風見の性的指向に納得できていないのだとか

 

「じゃあ、なんで僕だけ――?」

「だって田中さん、お弁当派じゃないですか。最初にランチに誘った時断ったの、覚えてません?」

「――?!」

 

言われてみれば、風見の入社から二ヶ月ほど経過した頃、風見に外食に誘われたことがある。

丁重にお断りしたことも、ばっちり想起した。

 

「確かに?!」

「でしょう?」

 

風見はまだ笑いの波が収まらなかったようで、口角をあげたまま田中を見つめている。

 

「田中さんのことがずっと気になっていて、色んな人にリサーチしたんですよ。わかったのは付き合いがかなり悪いことと、趣味と特技が料理なこと――あと、BL漫画愛好家なこと」

「なんでそれを?!」

「沢口さんからのリークですよ。彼女には感謝してもし足りないですね――スマートフォンって以外と横から覗き見できますから、本当にバレたくないなら今後ご注意を」

 

がっくしと肩を落とす田中に、風見は言う。

 

「BL漫画が好きって聞いてから、田中さんのこと、俄然知りたくなりまして。他の人の口からじゃなくて、田中さん本人の口から聞きたくて。でもガード硬いし、定時になったらすぐ帰っちゃうし、全然誘う余地ないんですもん。だから一人になる食後のコーヒーのタイミングを狙って話しかけに行ってたんです。」

 

時間が短くて、当たり障りのないことしか言えませんでしたけどね。

 

肩をすくめる風見に、田中は一つ疑問を投げかけた。

 

「でも、どうして僕なんかに興味を?」

「純粋に好みのタイプだったので」

「僕が?!」

「ええ、なので牽制がてら、色んな人に触れ回っておいたんです。そしたら皆さん協力してくれましたよ」

 

まあ、佐々木さんは微妙な顔してましたけど。

 

「ちょ、ちょ。ちょっと待って」

 

田中は混乱しはじめた頭の中を整頓するべく、一つずつ情報を整理する。

 

「風見くんが二年間外堀を埋めてた意中の人って――僕なの?」

「ええ、そうですよ」

 

あっさりと白状されてしまい、一瞬冗談かと疑ったが、風見の目は真剣そのものだ。

顔中が熱くなって、再び目に涙がにじみ始める。

 

「決起会の夜、一人で酔いつぶれた田中さんを見つけた沢口さんが、『お持ち帰りしちゃいなよ』って悪魔みたいに囁いてきた時はさすがに面食らいましたけどね。確かに今のままじゃ外堀いくら埋めても進展しないし、ちょっとは意識してくれるかと思ったのに、寝落ちするし、かと思ったらソファまで来て人の胸に頭乗せてまた寝ちゃうし。どんだけ忍耐試されたと思います? お陰様でその晩だけでタバコが三箱消えましたよ」

 

ベランダにぶら下がった空き缶にぎっしり詰められていた吸い殻。

 

「それに、コーヒーブラック派なのに、毎日微糖のコーヒー飲んでたの、健気だと思いません?」

 

スティックシュガーも、調理用の砂糖もないキッチン。

 

しょっぱい味が口の中いっぱいに広がって、再び鼻水が垂れてきそうだ。

そんな汚らしい田中の顔に、ためらうことなく風見が鼻先を近づけてくる。

 

「僕、二年も待ったんですよ。ご褒美くらい、頂いてもいいですよね?」

 

頭一つ分の身長差を埋めるように、田中の顎を掴んで上を向かせる。

触れるだけのキスをした風見の長い指が田中の涙を拭う。

 

「しょっぱいですね」

「うう、顔中べちゃべちゃなのに」

「もっとべちゃべちゃでもいいんですよ、田中さんなら」

 

いたずらっぽく微笑んだ風見が、田中の額に己の頭を擦り寄せた。

 

「今夜は家に来てください。BL漫画のこと、料理のこと、田中さんの今までのこと、好きなこと、嫌いなこと、全部知りたいです。僕のことも、少しずつお話します。それで――」

 

真剣な声色が一音ずつ耳に入ってきて、徐々に意味をなしていく。

頬が熱い。

頭が煮えたぎって、沸騰してしまうんじゃないかと思うほどに熱い。

 

「これからのことも、沢山話しましょう」

 

田中の手の甲に小さなリップ音を立てて口づけながら、風見が微笑んだ。

 

「さ、休憩終わりですよ。顔、洗ってきてください。僕がコーヒーでも淹れますから」

 

そしたら、スティックシュガーははんぶんこにしましょう、ね。

 

ブラック派の青年の諭すような声は、六グラムの白砂糖以上に甘かった。

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